2022年 02月 15日
もっとも正確で簡潔な「選択バイアスの罠」の罠 |
Abraham Wald(エイブラハム・ウォールド、ウォルド、ワルド、etc.)の「選択バイアスの罠」「生存者バイアスの罠」を紹介する記事は、どれもこれも孫引き記事が情報源。主旨に誤りはないが、細部は間違いと捏造ばかり。
Waldの逸話の真実と虚構については、American Mathematical Societyのサイトに素晴らしい記事があります。英語が苦手でも、Google翻訳で十分文意は読み取れます。ぜひ一読を。
▼The Legend of Abraham Wald
http://www.ams.org/publicoutreach/feature-column/fc-2016-06
引用したい箇所はたくさんありますが、1か所だけ紹介します。
多くの孫引き記事が参考文献とうたう上記(2) A reprint of "A method of estimating plane vulnerability based on damage of survivors" には、被弾箇所をいくつかの部位に分類し脆弱性を考察した比較表はあるが、逸話は無い。
上記の比較表が比較対象としているのは、エンジン、胴体(および前部胴体=コックピット)、燃料系統、その他、だけ。巷に出回っている弾痕分布の図は、明らかに誰かの捏造。ついでに言うと、コックピットと尾翼が脆弱と指摘する記事は、1次資料をまったく読んでいない。
上記の参考文献をきっちり読み込んだ書籍「データを正しく見るための数学的思考」は、逸話の情報源がここでないことを吐露している。 2次情報源をネタに記事を書き、そこに言及されていた1次情報源を実際には読みもせず、2次情報源を秘匿し1次情報源に基づき記事を書いたと主張する卑劣な行為を何と呼ぶのだろう? Waldの逸話の孫引きは、そんな記事ばかり。複数の情報源を吟味せず書籍やネットで薀蓄を語ることは、選択バイアスの罠に見事にはまっていると思うよ。
蛇足ながら、Waldは帰還した機体に観測される弾痕を調査し撃墜された機体も含め脆弱性や作戦の損失を推定する手法を考案したわけで、帰還した機体(=生存者)の情報を有意なものと扱っています。にもかかわらず、近年はもっぱら成功者の教訓・権威者の主張・公開された統計情報などを無価値なものと揶揄するためのシンボルとしてDC-3やPV-1の被弾図が引用されています。成功者の言を一方的に無視したらそれこそ選択バイアスですが、むしろ妬ましさからくる感情バイアスの好例かと。件の被弾図が流行る前は、選択バイアスの蘊蓄として少々誇張された逸話が披露されていただけなんですけどね。
もっと言うと、軍人が陥った生存者バイアスの事例とされることにも異議を唱えます。仮に撃墜された機体の残骸を統計的に十分な機数集めることができたとして、たまたま初弾が致命傷になり致命的な部位にのみ弾痕が観測される残骸より、他の致命傷にならない部位にも帰還できた機体と同様の弾痕が観測される残骸の方が確率的には多いはずです。そうすると、現場の軍人は「最も被弾した場所を装甲してくれ」と残骸に対しても帰還した機体と同様の感想を言い出しかねないわけで :D
後半へ続く。
▼更新履歴
2018.01.21 記@Twitter
2018.08.03 再構成して再掲
2019.09.15 私も図を創作しました :D
2022.02.15 蛇足を後半から移した
Waldの逸話の真実と虚構については、American Mathematical Societyのサイトに素晴らしい記事があります。英語が苦手でも、Google翻訳で十分文意は読み取れます。ぜひ一読を。
▼The Legend of Abraham Wald
http://www.ams.org/
引用したい箇所はたくさんありますが、1か所だけ紹介します。
To be precise, regarding Wald's work on aircraft damage we have上記(1)、逸話に言及した信頼できる1次資料は、Journal of the American Statistical Association, Vol. 75, No. 370 掲載の The Statistical Research Group, 1942-1945: Rejoinder。
正確に言うと、航空機の損傷に関するWaldの調査について入手できるものは、
(1) two short and rather vague mentions in Wallis' memoir of work on aircraft vulnerability and
(1) 航空機の脆弱性に関するWallisの回顧録の2つの短く曖昧な記述、および、
(2) the collection of the actual memoranda that Wald wrote on the subject.
(2) 本件に関するWaldが作成した実際の覚書集、です。
That's it! Everything not in one of these places must be considered as fiction, not fact.
それだけ! ここにないものは虚構とみなすべき。事実にあらず。
多くの孫引き記事が参考文献とうたう上記(2) A reprint of "A method of estimating plane vulnerability based on damage of survivors" には、被弾箇所をいくつかの部位に分類し脆弱性を考察した比較表はあるが、逸話は無い。
上記の比較表が比較対象としているのは、エンジン、胴体(および前部胴体=コックピット)、燃料系統、その他、だけ。巷に出回っている弾痕分布の図は、明らかに誰かの捏造。ついでに言うと、コックピットと尾翼が脆弱と指摘する記事は、1次資料をまったく読んでいない。
上記の参考文献をきっちり読み込んだ書籍「データを正しく見るための数学的思考」は、逸話の情報源がここでないことを吐露している。
蛇足ながら、Waldは帰還した機体に観測される弾痕を調査し撃墜された機体も含め脆弱性や作戦の損失を推定する手法を考案したわけで、帰還した機体(=生存者)の情報を有意なものと扱っています。にもかかわらず、近年はもっぱら成功者の教訓・権威者の主張・公開された統計情報などを無価値なものと揶揄するためのシンボルとしてDC-3やPV-1の被弾図が引用されています。成功者の言を一方的に無視したらそれこそ選択バイアスですが、むしろ妬ましさからくる感情バイアスの好例かと。件の被弾図が流行る前は、選択バイアスの蘊蓄として少々誇張された逸話が披露されていただけなんですけどね。
もっと言うと、軍人が陥った生存者バイアスの事例とされることにも異議を唱えます。仮に撃墜された機体の残骸を統計的に十分な機数集めることができたとして、たまたま初弾が致命傷になり致命的な部位にのみ弾痕が観測される残骸より、他の致命傷にならない部位にも帰還できた機体と同様の弾痕が観測される残骸の方が確率的には多いはずです。そうすると、現場の軍人は「最も被弾した場所を装甲してくれ」と残骸に対しても帰還した機体と同様の感想を言い出しかねないわけで :D
後半へ続く。
▼更新履歴
2018.01.21 記@Twitter
2018.08.03 再構成して再掲
2019.09.15 私も図を創作しました :D
2022.02.15 蛇足を後半から移した
by aim-120a
| 2022-02-15 12:09
| 航空宇宙
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